短冊に綴る願い事
七夕。
それは願い事を短冊に書いて笹に飾るイベント。
真剣に信じていなくても、ある種のきっかけを期待する人も少なくないだろう。
ここファーレンハイトでもまた、世間一般と同じように様々な人がいる。
心から信じる者。割り切って楽しむ者。そして――バカ。
「ラッシュ、野生のパンダを艦に連れ込むなぁ！」
「はっはっは、人が何かを求めるなら、それを邪魔するのが我が使命！」
「お前の使命はそれでいいのかよ！？」
「まあいつものバカはビュウに任せておくとして」
ディアナの誰にも向けられていない独り言は、いつものように誰も気に留めなかった。
ここはいつもより活気付いている女性部屋。
戦争真っ只中という環境にいながら、彼女たちが明るさを失わないのは奇跡だろうか。
……あるいは、緊張感が無いだけなのだろうか。
「フレデリカは何を書いた？」
背後からの声に反応して、授業中に隠し事が見つかった生徒のようにぱっと手元を隠す。
そんな期待通りの反応に、ディアナの顔に満面の笑みが浮かんだ。
「そんな反応されたら気になるじゃない」
「……いいからどっか行ってよ」
「ますます気になるわねー」
背後からのプレッシャーが物理的なものになり、徐々に手が伸びてくる。
間を置かずに短冊の奪い合いが始まり、体力勝負では分の悪いフレデリカは抵抗むなしく奪われてしまう。
「なになに……『親友が命の危険にさらされませんように』？」
「もう、だから見られたくなかったのに……」
「フレデリカ……」
「なんか照れるね」
言葉どおりにはにかむ親友を、暖かい眼差しで見つめ返す。
今ここにこの艦で最も美しい友情が誕生しようとしていた。
「で、あんた友達少ないけど親友って誰なの？」
「少なくとも力ずくで人の秘密を暴かない人かな」
自分の書いた短冊をぐしゃりと握り潰して微笑むフレデリカ。
美しい友情とやらは幻と消えていった。
「さあ、次は誰にしようかな〜」
「なんで私まで……」
嫌々のわりに素直についてくるフレデリカを無視して、ディアナはターゲットを探す。
人はいくらでもいるけれど、面白いことが起きそうでなければターゲットにはなれないのだ。
「あ、メロディア。メロディアは何をお願いするの？」
「ビュウが他の女に騙されないように、って」
「……大人な意見ね」
「だってビュウってばやさしいから、わかってても騙されるんだもん。
特に仮病とか、仮病とか、仮病とか」
繰り返す単語に反応したフレデリカは、静かにメロディアに歩み寄る。
そして瞳をじっと見つめ、笑顔程度では隠せない殺意を込めて肩に手をかけた。
「メロディア、ラグーンの縁30cmのところを逆立ちして歩くと恋愛運アップよ」
「……それ、さすがにシャレにならないと思うわよ」
「さすがにそれは私だって死ぬってわかるよ」
メロディアの至極当然なつぶやきに、フレデリカはきょとんとわけがわからないといったような顔をする。
「え？ 死なないわよ？」
「いや、死ぬから」
「死んじゃうよ」
ちっちっ、と指を振って、フレデリカは微笑みながら続ける。
「ゆ・く・え・ふ・め・い♪」
「……あんた時々冗談なのか本気なのかわからないから怖いのよ」
「冗談よ、半分くらいは」
（半分……？）
なにか背中を嫌な汗が伝うが、まだ子どものメロディアは気のせいだと思うことにした。
「お、アナスタシア発見。
ねえねえ、アナはバルクレイのこと以外で何か短冊に書いたー？」
「ディアナは本当に遠慮の欠片も無く聞くよね」
「……少しは遠慮して欲しいんだけど」
うんざりといった表情で二人の闖入者に顔を向けるアナスタシア。
事あるごとにこの話題を振られるのも、いささか食傷気味だった。
「で、何か書いたの？」
「アンタの不幸でも願ってあげればよかったかしら」
「どうせかなわないものに労力使ってもしょうがないじゃない」
「……どこからそんな自信が出てくるの？」
みんなが思い描いている『不幸な状態』とやらは、現在ほぼ全てディアナが起こしている。
だから彼女自身に不幸が訪れないのは当然のことかもしれない。
「じゃあバルクレイのことだけか。つまんないの」
「うるさいわねー……そういうアンタはどうなのよ」
「私は書くより人の見る方が楽しいもの」
余裕を見せるディアナの視界の影で、フレデリカの瞳が妖しく光った。
待ってましたとばかりにとっておきのネタを披露する。
「そんなこと言って、去年は書いたくせに」
「へー、それは面白そうな話ね」
「……何のこと？」
思いがけず矛先が自分の方に向き、平静を取り繕うも声にいつもの張りがない。
「言っていいの？ それなら言うけど」
「ちょっと待って。去年はみんなそろって私を隔離したじゃない」
去年の七夕SS 『七夕の笹の消失』を参照。
「あの離れのラグーンにも笹と短冊の用意があったでしょ」
「そうだったんだ。よく知ってるわね」
「あの作戦には私も一枚噛んでたから」
実際は一枚噛んでいたどころかほとんど首謀者だったのだが。
ビュウを矢面に立てて暗躍していることは一部を除いてほとんど知らない。
「……それでも書いたかどうかなんて誰も知らないはずよ」
「さあ、それはどうかしらね」
含みのあるフレデリカの言葉に、ディアナは頭をフル回転させる。
例の短冊は自分たちを除くと迎えに来たトゥルースしか知らないはず。
でもそれを誰かに話したらどうなるかじっくりと「説得」したから彼が口を割るとは思えない。
そして内容が内容なのであのバカが自らしゃべるとも思えない。
残る自分が誰にも話していない以上、誰も知るはずは無いのだ。
以上の考察により、フレデリカのハッタリだと判断する。
「当てずっぽうでしょ」
「私は書いた内容まで知ってるけど？」
「それはぜひ聞きたいわ」
「なんでよ！？」
ディアナは半ば認めるのを覚悟で絶叫する。
フレデリカがここまで言う以上、おそらく本当に知っているのだ。
「情報っていうのは完全に隠匿できるものじゃないの」
「答えになってないわよ」
ふう、と一息入れて、フレデリカは表情一つ変えずにつぶやく。
「世の中には自白剤って言う便利なものが――」
「盛ったわね！？」
「ディアナにじゃないわよ。
私だってそこまでひどいことはしないわ。親友に」
さっきのお返しとばかりに親友を強調するフレデリカ。
そばでアナスタシアが誰相手だってひどいわよ、とツッこむが聞こえないフリをする。
「じゃあ……」
「それに単純な方が効きやすいのよね」
「話の流れで誰なのかはわかるけど、今一度誰なのか明言してくれると嬉しいわ」
話に首を突っ込んでくるアナスタシアを押しのけて、ディアナは必死に食い下がる。
「薬で得た自白に証拠能力はないわ」
「証拠なんてたいして重要じゃないのは、噂好きのあなたならわかるでしょうに」
「ぐ」
「ねえ、ディアナは何書いたの？ これだけ否定してるって事は、もしかして……」
「アナは黙れ」
「人のプライベートには土足で踏み込むくせに、自分だけってのは虫がいいんじゃない？」
「それはそれ、これはこれ！」
力強く、しかし欠片も説得力の無い言葉を放つ。
そんな親友の余裕の無さに、フレデリカのにやにやは止まらない。
「そうよねー、プライベートよねー」
「あー、その顔腹立つ！」
「まさか誰かさんのことについて書いたの！？ ディアナが！？」
もはや隠し切るのはムダだと気づいているが、もちろん素直に認めるわけにはいかない。
「そんなわけないじゃない！」
「そうそう、そんなわけないわよねー（笑）」
「含みを持たせないでよ！」
「早く教えてよ〜。相手はアレだろうから、問題は中身よね」
「聞きたい？ しょうがないなぁ」
「言わせないわよ！」
しぶしぶどころか楽しそうに口を割りそうなフレデリカを止めるべく、強硬手段に出る。
しかし物理的に口をふさぐために手を伸ばすも、あとちょっとのところで逃げられてしまう。
「待ちなさいよ！」
「い・や♪」
「捕まる前に私だけにでもこっそり」
「アナ、それ以上は首を突っ込まない方が身のためよ」
「将来のことについて……」
「腹黒仮病弱プリーストぉっ！」
なおもぎゃーぎゃーと言葉の攻防戦は展開されたものの、大きな動きは無かった。
フレデリカの良心がわずかに悪戯心に勝ったおかげで、決定的な内容が暴露されずに終わったのだ。
こうして、一応秘密は守られたまま終わるのだった。
……まあ、バレバレではあったわけなのだが。
―おしまい―
おまけ。
「誰かに呼ばれた気がしたんだが？ 誰か呼んだか？」
「呼んでないけどラッシュの話はしてたわよ。ねえ？」
「呼んでないし話もしてない。いいからあっち行きなさい！」
「あら、別にいたっていいじゃない（にやにや）」
「そうよねー。困るわけじゃないし（にやにや）」
「？ なんかあったのか？」
「何も無いわよ！」
「そんな照れなくてもいいのに（ぼそっ）」
「今流行のツンデレってやつね（ぼそっ）」
「アンタらまとめてラグーンの外に放り出すわよ！」
「お前は何そんなにカリカリしてるんだよ」
「いいから早く出てけー！」
―ほんとにおしまい―