七夕の笹の消失
「笹が無くなったぁ？」
食後のデザート中に入ってきた妙な情報に、訝しげな視線を正面の席の親友に向ける。
ディアナと同様にデザートをつついているフレデリカは、そんな視線を気にすることなく応えた。
「そうみたいよ。さっきメロディアが騒いでたから」
「無くなるものなの？ あんな大きな笹が」
「実際に無くなったんだから、無くなるもんじゃないの？」
特にその原因に興味は無いのか、フレデリカの反応は平然としたものだった。
なぜか年中行事となっている七夕のため、今年の巨大な笹が運び込まれたのは数日前である。
クリスマスツリーとは違い盛大な飾りつけをすることも無く、当日に短冊を飾られるまで放置されていた。
その笹が肝心な七夕の日、何処かへと姿を消したのだった。
「自然現象で無くなるわけないじゃない。これはれっきとした事件よ！」
「事件、ねえ。でも、誰が何のためにそんなことするの？」
「そんなのは犯人を捕まえてから自白させるものよ」
もうディアナの頭の中では誰かの犯行と決め付けられてしまったようである。
こうなると彼女の行動は早かった。残ったデザートを口に押し込むと、席を立って現場へと向かっていった。
「デザートなんだからゆっくり味わってからにすればいいのに」
一つつぶやいて、フレデリカはのんびりと自分のデザートの征服に取り掛かった。
さて、まずは情報集めね、とディアナは笹を設置していた甲板へと足を向けた。
甲板上は主にドラゴンたちの居留地になっていて、その匂いのせいでビュウ以外がいることは多くない。
それでも外が見えるテラスだけでは手狭なため、日光浴や気分転換に外に出るものも皆無ではなかった。
「ん？ なんだ珍しいな。ドラゴンにエサでもやりに来たのか？」
「ビュウの楽しみを奪うほど、私はひどい人間じゃないわよ」
案の定、甲板にいるのはビュウ一人のようだった。
日差しを避けるためか、上空にある小さなラグーンの影でドラゴンたちの世話をしている。
「だったら何の用だ？ 言っておくが、俺は今ゴシップになるようなネタはないぞ」
「ビュウのネタにはあんまり期待してないし。
そんなことより、今日は消えた笹のスクープよ」
ああ、とビュウはすぐに察した。
「もう嗅ぎつけたのか。早いな」
「さあ、知ってることをきりきり吐いてもらいましょうか」
「って言われてもな……俺も知ったのはついさっきだし」
「隠すとためにならないわよ？」
「まるで人を犯人のように……」
おそらくディアナには悪気はないのだろうが、少なくとも言葉に気を配る意識はない。
気にするな、と自分に言い聞かせ、ドラゴンの世話をする手を止めぬまま、ディアナに状況説明をする。
「今朝ドラゴンたちにエサやりに来たときに無くなってたんだ。
昨日の夜は確かにあったから、その間に消失したんだろうな」
「不審な人影とか見なかった？」
「人影どころか誰一人手伝いに来なかったぞ」
基本、ビュウの趣味を邪魔しないという名目で誰もドラゴンたちの世話をすることはない。
唯一の例外はドラゴンじじいだ。
「あ、ドラゴンじじいは？」
「さっきからそこにいるだろ。気にしなさすぎだ」
言われてから初めて、そこにドラゴンじじいがいたことに気づく。
ディアナにとってゴシップの対象にならない人物は視界に入らないらしい。
「本当に気づいてなかったのか？ 失礼な話じゃの」
「あはははは……」
特に気の利いたフォローも思いつかず、ディアナは笑ってごまかした。
「あとはさっきメロディアが来ただけかな。
どうせこの話はメロディア経由で広まったんだろ？」
「広まってるかどうかは知らないけど、私が聞いたのはそうよ」
話を聞いてすぐにこちらに向かってきたため、艦内でどれくらい広まっているのかは知らなかった。
どうせ（場合によっては尾ひれをつけて）広めるのは自分だからと、あまり気にはしていない。
「他に知ってることはない。
あ、ドラゴン達にはちゃんと言ってあるから、食べたりはしてないぞ」
「んー、まあ信じましょ。あとは現場の調査ね」
たいした情報が得られないのは予想していたので、ディアナはあっさりと引き下がる。
笹のあった現場付近に向かおうかという時に、ちょうど艦内からこちらに歩いてくる人影が目に留まる。
『犯人は現場に戻る』と頭に浮かぶが、すぐに違うことに気づく。デザートを食べ終えたフレデリカだ。
「ビュウ、お疲れ様」
「ありがとな」
「地道なポイント稼ぎお疲れさん」
「……いちいち聞こえるように言わないでよ……」
茶化してくるディアナに半眼で文句を言って、フレデリカは改めてビュウに向き直る。
「私もビュウのお手伝いしたいんだけど……ちょっと調子が……」
「いいっていいって。気持ちだけで十分だよ」
「ありがとう。栄養ドリンクを持ってきたから、良かったら飲んで」
「良かったわね、ビュウ。何が入ってるのか知らないけど」
「ビュウが飲むものには変なもの入れないわよ」
「どうだか」
だん！ と笑顔のままディアナの足先を踏みつけようとするも、避けられてしまう。
足の痛みと痺れに若干涙目になるが、その笑顔は崩さない。
「じゃ、私は消えた笹の調査を始めるわ」
「やってくれると助かる。俺もいろいろと忙しくてさ」
「この名探偵ディアナさんに任せておいて♪」
「事件よりも浮気調査の名探偵って感じよね（ぼそっ）」
そのつぶやきが聞こえたのかどうか、ディアナの左手がフレデリカのおさげをがっしりと掴んだ。
「さあ行くわよ助手」
「……私のこと？ 嫌よ」
やっと邪魔者がいなくなってくれるのかと思ったら、どうやら自分も巻き込まれるらしい。
振りほどきたくても、引っ張って痛むのは自分の髪である。
「ビュウは忙しいんだからしょうがないじゃない」
「こういう時の相方はどこ行ったのよ」
「誰のこと？」
「……わかってるくせに。ビュウは知らない？」
「さあ。そういえば朝から姿を見ないな。どこでなにやってるんだか」
と、三人とも言葉を止めて考える。
「……なんか今回の話のオチが見えたような気がする」
「奇遇ね。私もよ」
「で、地面に這いつくばって何やってるの」
「かの名探偵シャーロックホームズも足跡の重要性には言及してたでしょ」
結局、嫌がるフレデリカを無理やり同伴させ、消えた笹のあった辺りを調べ始めていた。
しかし、笹のあった場所は周囲の地面ごとぽっかりと消失しているため、調査は難航を極めていた。
さらに言えば戦闘の痕跡もあったり、そもそも手入れなどしていなかったりと、環境はすこぶる悪い。
「……私帰っていい？」
「助手なんだから手伝ってよ」
「かの名助手ワトスン博士は調査の邪魔にならないように心がけていたわ」
「薄情者」
「薄情だもん」
ディアナのストレートな悪口をさらっと流すフレデリカ。
むしろ遠まわしな嫌味の方が精神的にきつい。それはもう、傷口をえぐるように。
「そもそも犯人なんてわかってるのに、いまさら何調べてるの？」
「いや、一応証拠くらいは見つけておこうかなーと」
「噂だけで人を誹謗中傷するあなたが証拠、ねえ」
「……なんか私に恨みでもあるの？」
「……無いとでも思うの？」
仲が良いのか悪いのか。傍から見ていれば息がぴったりのコンビにしか見えないのだが。
「よし、犯人はフレデリカで決定ね」
「いいからさっさと証拠品探して犯人捕まえに行きなさいよ」
さっきからしゃべってばかりで捜査が進まないのは、ディアナにそれほどやる気が無いからである。
すでに犯人が割れているので、証拠集めなんていう地道な作業は彼女向きの仕事ではない。
「ま、足跡は諦めるとして……後はこの穴くらいかしら」
「こんなところに証拠なんて残ってないでしょ」
直径50mはあろうかという巨大な半球形の穴は、ざくっとえぐったような粗雑な断面を見せていた。
底が見えないほど深いわけではないが、落ちて無事にいられるほど浅くもない。仮に滑り落ちたとしても。
「結構深いのよねー。大型のモンスターとかドラゴンじゃないと……」
「あるいは自然現象とか」
「これは事件だって言ったでしょ」
いまさらこれが自然現象だったら、ここまでの労力が全て無駄になってしまう。
真実が何であるかよりも、ディアナにはその方が重要な問題だった。
「底の方なんかだいぶ深いわよ。万が一にも落ちたくはないわね」
「えい」
穴の淵から真っ暗な底を恐る恐る覗き込んでいるディアナの背中を、軽い掛け声とともにぽんと押す。
「！！」
何が起こったのか理解するよりも早く、ディアナの身体が不意の衝撃に反応した。
突然の物音に驚いた猫が総毛立って逃げるような素早さで、声にならない悲鳴を上げながらあとずさる。
「な、な、な、な、なにするのよ！ あんた私を殺す気！？」
「ちょっとした嫌がらせ」
嫌がらせなのは認めるのかとツッこむ余裕も無く、へたり込んで息を整えることに集中する。
「驚きすぎよ。落とすわけないのに」
「勢いあまって落ちたらどうするのよ！」
「……それは事故だし」
「故意じゃなければ何してもいいってわけじゃないのよ？」
激しくなった動機を落ち着かせながら、ひきつった笑顔でフレデリカを諭す。
一方のフレデリカは一矢報いたことに満足すると、一枚の手紙をディアナの目前に突き出した。
「ディアナは落ちなかったけど、こんなのは落ちてたわよ」
『笹はいただいた。
願い事を書いた短冊を飾りたくば、
私とともに消えた笹を見つけだしてみるがよい。
怪盗 R』
「……これであのバカ（ラッシュ）の仕業で決定ね」
「筆跡なんて良くわかるわね」
「筆跡じゃなくて……こんなバカな事件を起こすのはあいつくらいでしょ」
「ああ、ディアナを除いたらそうなるわね」
「一緒にしないでよ」
すっくと立ち上がると、後はどうやって探そうかと逡巡する。
この手紙にも居場所への手がかりらしいものは無く、目撃者を探すのも無駄な気がする。
「これ、どこに落ちてたの？」
「その辺」
ぞんざいに指差す辺りは、さっき調べたような気もする。調べてないような気もする。
どっちにしても、居場所の手がかりになりそうなものは見つかりそうにない。
「うーん……なんかあいつを簡単に探せる方法ない？」
「……他力本願ね……」
「無いならいいのよ、無いなら」
「挑発に乗るわけじゃないけど……嗅覚を数千倍にする薬ならあるわ」
フレデリカは袖の下から小さな瓶を取り出すと、軽く振りながら中身を見せる。
瓶自体が青色をしていて、中の液体の色まではわからない。
「嗅覚？ なんか動物みたいね」
「嫌ならいいのよ」
「……背に腹は変えられないか。飲めばいいの？」
こくんと頷くフレデリカから小瓶を受け取り、わずかに迷ってから蓋を開け、瓶に口付ける。
ビンを傾け、液体がわずか口に触れるようなタイミングで、フレデリカはさらっと忠告する。
「半径2キロ以内にグンソー殿がいたらショック死するかもしれないけど」
「危ないわぁ！」
ヒント：ファーレンハイトの艦内にグンソー殿は待機中。
「あんたさっきから私を殺そうとしてない！？」
小瓶を地面に叩きつけ、容赦なくフレデリカの胸倉を掴みあげる。
「ちょっと……痛い……」
「私は死ぬとこだったのよ！？」
「殺すなんて……ちょっと苦しんだら良いなとは思ってるけど……」
加減しているのにごほごほとわざとらしく咳き込むフレデリカを解放する。
お互いに本気で殺そうとは思っていないはずだろう。たぶん、きっと。
「ちょっとお花畑が見えた……」
「大丈夫。あんた意外とタフだから」
はあ、と一息ついてフレデリカは立ち上がる。
「ほんの冗談だったのに」
「今日の冗談は悪意が強いのよ」
これ以上の言い合いは不毛だと、お互いにわずかな間をおくことでこの話題を打ち切る。
すっきりと切り替えて、改めて当初の問題を考えた。
「さて、どうやって探そうか」
「ファーレンハイトにはいないと思うけどね。見てないんでしょ？」
「今日はね。いつもはうっとうしいくらい目に付くのに」
「それは意識してるからだと思うけど〜」
にやにや笑うフレデリカをディアナはあえて無視する。
「とにかくなんとかして見つけないと」
「どこへ行くにもドラゴンが必要だし、ドラゴンに聞けばわかるんじゃない？」
結論から言うと、フレデリカの推測は的中した。
明け方にアイスドラゴンがラッシュをある小島に運んだというのだ。
「ビュウがドラゴンの言葉を理解できて助かったわ」
「愛情があれば種族の壁なんて簡単に超えられるさ」
「……ビュウがそれを言うとちょっとシャレにならないかも」
何が？ とわからない顔をしているビュウに、無粋な補足はしない。
「居場所もわかったし、さっさとあのバカをとっちめてくるわ」
「行ってらっしゃい」
笑顔で手を振りながら見送るフレデリカに、ドラゴンの背に乗りこんだディアナは不満げな声を上げる。
「なによ、あんたは来ないの？」
「名探偵の邪魔はしないわよ」
「……邪魔って何よ」
「いいから――」
フレデリカが合図を送ると、アイスドラゴンは一声鳴いて、ディアナの意志とは無関係に飛び立った。
「――さっさと行ってらっしゃーい」
「恨むならラッシュを恨んどいてくれー」
「覚えてなさいよー！」
勝手な見送りの言葉で、ディアナの後姿をビュウとフレデリカが並んで見送る。
そして完全にその姿が見えなくなったところで、艦内からこっそりと様子を伺っていたメロディアを呼び寄せた。
「終わった？」
「ああ、噂をばらまく人間は無事いなくなった。さあ、七夕祭りを始めようか」
ビュウは空を見上げる。
そこには小さなラグーン。それは、ちょうど消失した笹の跡地と同じくらいの大きさだった。
「よう、遅かったな」
アイスドラゴンの誘導があったとはいえ、思いの他あっさりと見つかった。
なおかつ逃げも隠れもしないというラッシュの態度に、ディアナは肩透かしを食ったような気持ちだった。
「……もうちょっとこう、逃げるとか無駄な抵抗とか無いわけ？」
いつものラッシュならば、こちらが満足するまで延々と無駄な抵抗を繰り広げてもおかしくない。
別に頼んでいるわけではないのだが、まあ、そういうことになっている。
「逃げるとなあ……下手に引き返されても困るんだ」
「？ 意味がわからないわよ。
それに無くなったあの巨大な笹が見当たらないけど、どこに隠したの？」
「笹はファーレンハイトの真上だよ」
「は？」
いまだ状況の飲み込めないディアナに、ラッシュは得意げに説明する。
笹の消失騒ぎは仕込みだったこと。
これを計画したのはビュウや自分を含め、複数名であること。
自分は犯人なのではなく、犯人『役』なのだということ。
そして、全てはファーレンハイトからディアナを引き離すのが目的だったこと。
「……どういうことなのかは大体理解したわ。
つまり、この事件自体が私をおびき出すためのエサだったわけね」
「そういうことだ」
思い返せばフレデリカも誘導に一役買っていたのだろう。
笹が無くなったのを教えたのも、ラッシュの手紙を見つけたのも、ドラゴンにこの場所まで運ばせたのも。
……悪意的ないたずらの意図はわからなかったが。
「納得したか？」
「まだよ。だって理由がわからないもの」
「……わからないときたか。それなら去年の七夕での自分の行動を思い出せ」
言われて思い起こすも、これといって何も浮かんでこない。
いつもどおり何かがあって、いつもどおり楽しんで、いつもどおりな一日だった気がする。
「私何かしたっけ？」
「全員分の願い事をメモに取って、そのネタを引っ張って……」
「あー、わかった。そこまででいいわ」
早い話が『いつもどおり』のことなので記憶になかっただけだ。
「それで平穏な七夕にするために、邪魔者の私をこんな孤島に隔離したのね」
「若干含むところがある気がするが、おおむねそんな感じだ」
種明かしをされたディアナは気が抜けてしまう。
どんな面白い事件かと思えば、単に自分がだまされていただけだったのだ。
「あーあ、つまんないの。七夕祭りには参加し損ねるし」
戻りたくとも、今の話を聞く限り、アイスドラゴンはさっさとファーレンハイトに戻ってしまっているだろう。
誰が来るかはわからないけれど、迎えが来るまでは如何ともしようがないのだ。
「自業自得だ……と言いたい所だが、そこに笹を用意しておいた。小さいけどな」
言われてみると、確かに笹はあった。
巨大な笹を探していたので、この程度の大きさの笹などぜんぜん目に入っていなかったのだ。
「短冊とペンもここにある」
「ずいぶんと用意がいいわね」
「全く参加できなかったら、何を言われるかわからないしな」
この程度で許すつもりもないけれど、とりあえずこれで良しとしておく。
目の前の能天気な男に当り散らすよりも、主犯にひそやかな復讐を企てる方が面白そうだから。
「……ま、いっか。あんたはもう書いたの？」
短冊とペンを受け取り、何を書こうか考えながら聞いてみる。
他人の願い事には興味津々だったのだが、自分の願い事はまるっきり考えていなかったのだ。
「おう、あっちの巨大笹の方にな。世界平和を願っておいたぞ」
「どうしてそう、わかりやすい嘘をつくのかしらね」
警戒心を抱かせている元凶は、自分の行いを省みることはしない。
「あー何書こうかなー」
「ここの笹なら誰にも見られなくて安全だぞ」
「……見るつもりでしょ」
「ああ、俺は見る」
「そこは見ないって答えるとこだと思うけど」
「誰かさんと違って口は堅いから安心しろ」
人に話されないからといっても、願い事を見られたくはない。
ついでに言えば、そんな言葉を信用できるはずもない。全くもって人のことは言えないが。
そんなことを考えた時、ふと今ここで短冊に書くのにふさわしい内容を思いついた。
「見ないでよ」
わざわざそう言ってから、短冊を手元で隠しながらなにやら書き付ける。
恥ずかしがる素振りすら計算で見せて、あくまで『見られたくない内容』であることをアピールする。
「よし、と」
「お、書き終わったのか」
ラッシュの声には応えずに、視線でラッシュを牽制しながら笹の一番見づらい箇所を探して括りつける。
肩越しに振り返ると、ラッシュはこちらを気にしながらも、笹には近づいてこなかった。
「繰り返すけど、見ないでよ？」
「ああ――」
と言って、戻ってきたディアナと入れ違いになるように笹に駆け寄っていくラッシュ。
慌ててその襟首を捕まえようとするも、その手は届かず空を切る。
「ふっふっふ、油断したな！ お前が何を書いたかを報告するまでが俺の仕事だ！」
「ふん。できるもんならやってみなさい」
「ぬ。そんな脅迫に俺が屈するとでも？」
「あんたにそれだけの度胸があるんならね」
やけに挑発的に煽るディアナに、いまさら引っ込みがつかなくなったラッシュ。
右の手に短冊を掴んだまま、迫られる決断に冷や汗をたらす。
「ほら、諦めて戻ってきなさい」
「いいだろう。明日以降の生活を犠牲にしても、俺はやるぜ！」
意気込んで短冊を覗き込み、そこに書かれた願いを頭に入れようとする。
が、ラッシュはわずか挙動不審になり、沈黙したかと思えば悩み始め、出てきた言葉は――
「……卑怯なり」
「不満なら書き換えましょうか？」
「待て、無理に短冊を取ると笹の呪いが……」
「それはどんな笹なのよ」
夕日に照らされているせいで、お互いの顔色は朱に染まっていた。
それが夕日のせいだけなのかは、本人たちが一番わかっているだろう。
まもなくすると陽が落ちる。出番待ちのミルキーウェイは、出番はまだかと息を潜めている。
空一面の星空の下、短冊に書かれた願いは、叶うまでもなく成就していた。
「ところでいつになったら戻れるの？」
「そりゃ、七夕が終わったら……いや、短冊を片付けたらじゃないか？」
「だから、それはいつなのよ」
「……明日？」
「今日はここで野宿しろっていうの？」
「そこまで考えてなかった……」
「は？」
「野宿の準備だってしてなかったりする」
「…………」
――その後。
「ふう……まったく、ビュウ隊長も自分が行くの嫌だからって……」
ムニムニの背に乗って、トゥルースは幾度目かのため息をつきながら小島に向かっていた。
もちろん、目指しているのはディアナ（とラッシュ）を隔離した件の小島である。
「ただ迎えに行くだけで済むわけないですよね……損な役割です。
ラッシュはともかく、なんかとんでもない報復を考えてそうですし」
考えれば考えるほど憂鬱になってくる。そもそも、今回は怒りの矛先を向けられる筋合いはないのだ。
作戦を大筋で考えたのはビュウだし、その作戦自体にも自分は参加していない。
それでも自分の役割を理解しているので、ビュウに指名された時も無駄な抵抗はしなかった。
せいぜいが一人でいる時に誰にも聞こえない愚痴をつぶやくだけだ。
「たまにはビッケバッケも代わってくれてもいいと思うんですけどね。いつの間にか姿を消してるんですから」
愚痴はまだまだ尽きないが、目的の小島はもう間もなくだ。
残った時間を様々なシュミレーションに費やして、トゥルースも小島へと上陸した。
いきなり遭遇するのは怖いので、ラッシュが待機していたところから少し離れた場所に上陸していた。
ムニムニに岩陰に隠れているように指示すると、自分も岩陰に身を潜めラッシュ達の姿を探す。
「いませんね。どこに行ったんでしょう？」
早々に目印の笹は見つけたのだが、肝心のラッシュとディアナの姿は見当たらない。
かなり慎重に気配を探り、付近に二人の姿がないことを確認すると笹の元へ歩み寄った。
「さて、頼まれていた依頼を果たしておきましょうか」
Mission
| 依頼内容 | 笹に飾られた短冊の内容の調査 |
| 依頼人 | 病弱なプリースト |
| 成功報酬 | 特になし |
| 備考 | 当事者にバレないこと |
普通に考えると自分に何のメリットも無いけれど、断った場合はデメリットが生じる。
ちなみに失敗してもデメリットが生じる。成功しても生じる気がする。
そう冷静に分析したトゥルースは泣きなくなる気持ちを抑え、笹に飾られた短冊をチェックする。
「！ これは……！」
早くも一枚目の短冊でバックに稲妻を背負うほどの衝撃を受ける。
他人がいないという環境のせいで無防備になったのがありありとわかるほどの内容だった。
（どうする……これは証拠として持ち帰るべきか……）
まさかこんな、詳細な内容を口にするのも恥ずかしいことまで書いているとは思っていなかった。
果たして自分の証言だけで信じてもらえるだろうか。自信は、無い。
短冊を手にしているトゥルースはあまりのショックに冷静さを失っている。
ゆえに、怒りとも恥ずかしさとも取れない表情でわなないている二人の接近を許してしまった。
「アースパルス！」
「！」
聞きなれた声に反応したときにはもう遅かった。回避も防御も致命的に間に合わない。
ラッシュのクリティカルな一撃が直撃し、トゥルースの意識は身体ごとはるか彼方に吹っ飛んだ。
ミッション 失敗。
―おしまい―