カボチャたちの反乱
『カボチャだー！』
男性部屋に響くツッコミの上がりそうな大音量の悲鳴が、本日のビュウの目覚ましとなった。
言うまでも無く、最悪の目覚めである。
「やれやれ……」
ベッドの上に身を起こし、まだ回りきらない頭で現状の把握に努める。
戦場に身を置く以上、常に危険と隣り合わせにいることは自覚している。
それが例え、居住する艦であっても。それが例え、睡眠という安息の時間だったとしても。
だからこそ、自分でもあきれるくらいにこの状況に冷静に対処することができた。
「ふぁ……誰か、状況説明頼む」
「お前は落ち着きすぎだろっ！」
欠伸混じりの声で問うビュウに対し、切羽詰った声で答えたのはラッシュだ。
声のした方に首を向けると、右腕と右足をカボチャ（仮）にかじられている姿が目に入る。
残った左腕で右腕をカボチャの口から抜こうとしているのだが、思うようにいかないらしい。
「誰か他に状況説明できるやついないかー？」
「無視かよ！ 放置かよ！ 助けろよ！」
「それくらい頑張ればなんとかなるだろ」
「ならないから困ってんだよ！ 早くなんとかしてくれ！」
ぎゃーぎゃーと騒いでいる戦友の姿がうらやましく映る。
たまには自分もああやって無責任に慌ててみたい。隊長とは損な職業だ。
「まったく……」
心の底から面倒くさそうにつぶやいて、とりあえず飛び掛ってきたカボチャを叩き落とす。
どうやらラッシュだけにではなく、見境無くカボチャたちは襲ってくるようである。
各々襲い掛かってくるカボチャにかかりきりで、余裕のありそうな者は少ない。
「ビュウ隊長……冷静ですね」
「ん、トゥルースか。状況はわかってるのか？」
「いえ……突然カボチャの化け物が一斉に湧いたようですが……」
「原因は？」
「わかりません。えっと……ラッシュを手伝ってきますね」
「ああ」
そう短く答え、ビュウは改めて室内の様子を視認する。
本来見えるべき壁と床は植物の蔦で覆われ、蠢いている緑色しか見ることはできない。
さらに、ところどころに目と鼻と口に切れ込みがある山吹色の巨大なカボチャが出現していた。
どう考えても普通のカボチャではない。
「この様子だと、犯人はあっちかな」
あっちというのはもちろん女性部屋のことである。
こちらの部屋で一番問題を起こす男は、いまだカボチャと素手で交戦している。
トゥルースが加勢しているものの、カボチャもさらに増えていきそうな気配であった。
と、そこでいつものメンバーに一人足りないことに気づいた。
ぐるりと部屋を見渡して、頭ほどもある大きなカボチャを抱えている男を発見する。
「……美味いか？」
「まあまあかな。……モグモグ」
「そのペースでどれくらいで食い尽くせる？」
「さすがにボク一人じゃ無理だよ」
ビッケバッケの胃袋に全て収める計画はあっけなく失敗に終わった。
害が無いのなら放って置いてもいいのだが、人を襲う以上何とかしないわけにもいかない。
「結局俺が何とかしなきゃならないのか」
ひとしきり状況を確認したところで、ビュウは傍らに置いてあった双剣を手に取る。
ついでにベッドの足元付近の蔓を切り払い、脱いであった靴を拾い上げた。
「今から犯人探しに女性部屋に行くけど、誰か手伝ってくれないか？」
「そういうのは助けてから言え！」
「手が空いてる奴でいいぞ」
ラッシュから上がる避難の声を再度無視して、部屋中に呼びかける。
が、あちこちからひっきりなしに誰かしらの悲鳴があがるばかりで、協力者は多く望めそうに無い。
「モグモグ……ボクが行くよ」
「ビュウさん、自分も行きます」
「ビッケバッケとバルクレイか。よし、頼む」
言うが早いかベッドから勢いよく跳躍し、一足飛びに入り口まで駆ける。
そして両手に握った双剣を一閃――
「フレイムヒット！」
爆音と炎に包まれ、蔓やカボチャごと扉は粉砕された。
「じゃ、あとの者はがんばるように。ついでに扉直しておいてくれ」
「薄情者ー！」
三度目のラッシュの声にも応えることなく、ビッケバッケとバルクレイを連れてビュウは男性部屋を後にした。
途中襲い掛かってくるカボチャたちを粉砕しながら女性部屋に来たものの、こちらも同じような有様だった。
ただこちらのカボチャはまだおとなしいのか、もぐら叩きのような状態で膠着している程度ではあったが。
「あー、どうするかな」
「一匹ずつ倒しますか？」
「それじゃキリが無いだろ……ても、他の手段は思いつかないんだけどさ」
必殺技で一息に葬りたいのは山々だが、それだと他の仲間たちを巻き込んでしまう。
特に女性陣に被害を出してしまうと、今よりも大変なことになるのは火を見るより明らかである。
「ボクも食べつくすのは無理だよ……モグモグ」
「ビュウさん、まず一匹ずつ倒してますね」
そういい残し、バルクレイは手斧を振るいながら走り出した。
向かう先は――言わずもがな。
「ああ、なんか焦ってると思ったら。そういうことか」
「むしろビュウが焦らなさ過ぎじゃない！？」
アナスタシアを助けに行くバルクレイを微笑ましく見送っていたら、すぐ近くからクレームが入った。
ロッドを両手で握り締め、飛び掛ってくるカボチャを叩き落していたディアナである。
「いや、緊急じゃなさそうだし」
「カボチャが襲ってくるのよ」
「このサイズなら噛まれても食われはしないだろ」
「そういう問題！？」
普段は戦場に出てるんだからこの程度で、とは思うがあえて口にしない。
正論であろうとなんだろうと、反論するのは愚か者のすることだと身に染みて理解している。
「わかったわかった。で、何かいい策はあるのか？」
「一掃して」
「その方法が思いつかないからこうして困ってるんだ」
「じゃあ何でもいいから何とかして」
「…………」
目に見えるだけで十数匹。これだけなら一匹ずつ片付ければなんとかなるものの、増殖しているのが問題だった。
前述したように、範囲技では味方を巻き込んでしまうし、増殖を止めなければ一時しのぎにしかならない。
「……安全地帯を作るか。ビッケバッケ」
「なに？」
男性部屋とは違い、女性部屋にはテラスへ出る通路があった。
見ればテラス側は比較的手薄……ということは、少なくともテラスから侵食されることはなさそうだ。
そうと決まれば、あとは行動するのみ。
目に見えるカボチャを迅速に排除し、蔓を斬り払い、道を作る。
次々と作られる道を通り、ベッドの上からテラスへと女性陣を移動させていく。
ただそれだけの作業なので、程なくして避難は完了する。
最後の一人がテラスに移動したのを見て、ビュウたちもテラスへと避難し、扉を閉めた。
「全員無事か？ 怪我とか大丈夫か？」
「ビュウ……」
戻ってきたビュウに向かって、息も絶え絶えのフレデリカが倒れこんできた。
慌てて抱き支え、その場で片ひざをついて上半身を寝かせてやる。
「大丈夫か！？」
「……病弱なこの身体が恨めしいです……」
「おい、フレデリカ！ しっかりしろ！」
「せめて最期はビュウの腕の中で……」
力なく伸ばしたフレデリカの手がビュウの頬に触れ、弱弱しい笑みを浮かべる。
なんとか励まそうとその手を握り返し、言葉をかけようとした矢先――
「はいストップ」
突然の闖入者が言葉で割り込むと同時、フレデリカのお下げを引っ張る。
ゴキッと鈍い音とともに、変な方向に一瞬だけ首が曲がり、フレデリカは悲鳴すら上げずに沈黙した。
「ルキアさん！？ ……フレデリカ、大丈夫か！」
「その娘は慌ててベッドから降りて転んだだけよ。心配要らないわ」
「いや、それより首が……」
フレデリカは完全にのびていた。幸い、呼吸は止まっていない。
ショックを与えないように（手遅れかもしれないが）そっと隅の方に避難させる。
「仮病を使った罰よ」
「？ 別に罰を受けるようなことじゃ……」
「……ビュウがそんなだからつけ込まれるのよ」
「？」
ルキアはそれだけ言い残しばつが悪そうにビュウに背中を向ける。
いまだ疑問は残るものの、さてと気を取り直し、本来の目的に戻ることにした。
「今回の事件に心当たりがある人ー」
「はーい」
「メロディアか……」
まずは怒鳴らなくてよかったとほっとする。
大騒動の上、メロディアまで泣かせてしまうと本気で収拾がつかなくなってしまう。
「で、いったい何をやったんだ？」
「何って言っても、ハロウィン用にカボチャを育ててただけだよ。
なぜかこんなに元気に育っちゃっただけで」
「……大きいだけじゃなくて人も襲ってるんだが」
「なんでだろうね。……ビッケバッケに貰った肥料が効いたのかな？」
「ビッケバッケ君、ちょっとここに正座」
「えー？ ボク？」
一休みしていたビッケバッケを呼びつけ、事のあらましを聞く。
が、ビッケバッケもキノコ用の肥料をメロディアに渡しただけで、特に心当たりはないと言う。
「ボクがキノコの栽培に使ってる肥料なんだけどね。すっごい効くんだよ。
収穫しても収穫しても次から次へと生えてくるんだ……モグモグ」
「ああ、だから買っても買っても無くならないのか」
無限キノコの謎は解けても、現状は一向に変わらない。
「まあ原因の究明は後にしよう。時間かかりそうだし。まずはこの状況をどうするかだ」
「除草剤程度じゃ効きそうにないよね」
「悪い根は元から絶つのが一番よ！」
「そうだね。元がなくなれば、後は自然に枯れるだろうし」
果たしてそれくらいであのカボチャたちが行動不能になるか怪しかったが、他に名案は浮かばない。
どちらにしても増殖を止める必要はあったし、最悪全員で各個撃破すればなんとかなるだろう。
「どこで栽培してたんだ？」
「甲板だよ。ドラゴンたちには食べないようにちゃんと言っておいたから」
「行くしかないな……行くぞ、ビッケバッケ」
「ビュウさん、自分は？」
「ここの扉が突破された時のために待機しててくれ」
「わかりました」
半分は言葉どおり、半分は残った女性陣への些細な嫌がらせで、バルクレイを残すビュウ。
解決するまでの時間、この狭い空間でバカップルを目の当たりにしていなければならないのだ。
……あとで報復されるかもしれないという、一抹の不安はあったが。
「私も行く〜」
「私も行こうかしら」
ビュウ、ビッケバッケ、メロディア、ルキアの四人にメンバーを変更して、騒ぎの元凶の甲板に向かう。
この後に過酷な運命が待ち受けているとも知らずに――
甲板に来て、最初にしたのは大きなため息だった。
「……ビッケバッケ、好きなだけ食っていいぞ」
「……さすがにこれは食べたくないな……」
「……こんなの絵本の世界だけで十分だよ」
「……世界は広いわ」
甲板へ通じる扉を蔓ごと吹き飛ばし、目に入ったのは大木と間違えるほどに絡まりあった蔓の束。
そしてその上に鎮座する、小型のラグーンにも似た巨大なカボチャ。もちろん目鼻口はくりぬかれている。
『はっはっはっは！ 我輩はカボチャの王！
我々カボチャが被食者である時代は終わった！ これからは我々が捕食者だ！』
「……食物連鎖の逆転ね」
「ルキアさんも大概冷静ですね」
「こんなものが出てきたら、仰天するか呆れるしかないじゃない」
実際、ビュウも同じ気持ちだった。
ちょっと変わった肥料を与えただけで、なぜこうも奇怪な事態に発展するのだろうか。
『まず我々はこのラグーンを足がかりに、いずれは全世界を征服する。
貴様らは我々の輝かしき第一歩の目撃者となるのだ』
「……こいつをグランベロス帝国に送り込んだらどうなるかな」
「面白そうだけどね……難しいかな？ モグモグ」
「サウザー皇帝 vs カボチャ王……ちょっと面白そう」
誰もカボチャ王の話は聞いていない。……というよりも、聞きたくなかったのが本音か。
カボチャの世界征服など、真面目に取り合うのも馬鹿らしい。
「どうするの？」
「……まあ、倒すしかないだろ」
「……だよね」
「なんかもう、どうでもいいわ」
テンションが下がるところまで下がりきってしまったビュウたちとは対照的に、カボチャ王はノリノリである。
『王である我輩を倒そうとは不届き千万！ 貴様らも我輩の養分にしてやろう！』
「フレイムヒット！」
「フレイムパルス！」
「フレイムゲイズ！」
「フレイムタワー！」
四者四様の炎がカボチャ王を包み込み、爆散する。
反動で来る熱風と衝撃に顔をしかめつつも、とにかく終わったという気持ちで満たされる。
「カボチャなんかの養分にされたらたまったもんじゃないわ」
「カボチャは栄養価高いんだよ」
「ビッケバッケ、そういう問題じゃない」
「ハロウィン用のカボチャ、どうしよ」
が、ビュウたちの思いとは裏腹に、元気な姿を見せるカボチャ王。
『ふっ、その程度でこの我輩が……』
「フレイムヒット！」「フレイムパルス！」「フレイムゲイズ！」「フレイムタワー！」
もうこれ以上話を伸ばしたくないのか、口上を最後まで聞かず、無言で技だけを繰り出す。
『我輩にはまだ二回の変身が……』
「ポイズンヒット！」「ポイズンパルス！」「バイオニクス！」「ポイズンタワー！」
『変身後は以前の10倍……』
「アースヒット！」「アースパルス！」「アースクエイク！」「アースタワー！」
『見よ、この再生能力……』
「ダークヒット！」「ダークパルス！」「ハレーゲイザー！」「ダークタワー！」
『今こそ真の姿……』
「ああもう！ しつこいんだよ！」
最後は怒りの頂点に達したビュウがバーサーカーよろしく斬り刻み、カボチャ王の野望はあっさりと潰えた。
「今回役に立たなかった皆さん、罰として今日一日カボチャ料理です」
「なんでだよ！ 俺たちは被害者だぞ！」
「せめて何が原因だったのか説明してください！」
「知らない方がいいよ……モグモグ（←キノコ）」
「ねえ、甲板で何があったのよ。気になるじゃない」
「何もなかったわよ。いいからさっさと食べる」
「メロディアは教えてくれるよね」
「忘れた。記憶喪失かも」
「ルキア」
「だから……何、フレデリカ？」
「……あとで首のお礼をしようと思うの」
「そ、それはまたいずれってことで……」
「食べ終わらなければ明日もカボチャ料理だ。嫌なら完食すること」
「だから説明を――」
「いいから黙って食え」
こうしてこの事件は四人の勇者の胸の内にしまわれ、ひっそりと闇に葬られたのだった。
―おしまい―